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絵画などで形に表現したもの。
もともと日本の神信仰は、仏像や仏画を有する仏教と異なり、礼拝の対象としての偶像をもたず、伊勢(いせ)神宮が鏡を神体とするトーテミズム風の器物崇拝であったり、奈良の大神(おおみわ)神社が三輪山(みわやま)を、那智(なち)の飛滝(ひろう)神社が那智滝を礼拝の対象としているように自然物信仰であった。
神々を人間像もしくはその類似像で表す神像がつくられるようになったのは、仏教伝来によって7世紀ごろからおこってきた神仏習合(神仏混交)思想による。
つまり、仏教の普及のためには古くからの神々との融和が必要とされたわけで、聖武(しょうむ)天皇が東大寺大仏造立という大事業加護のために九州から宇佐八幡(はちまん)神を鎮守(ちんじゅ)神として迎えたことや、766年(天平神護2)に伊勢社に神宮寺を建立したことなどはその例である。
これは日本の神も仏法を喜び守護するという立場を明らかにしたものであるが、この考えはさらに進んで延暦(えんりゃく)(782~806)以降は神々に菩薩(ぼさつ)号をつけることが始まり、10世紀ごろになると、神は仏が姿を変えて日本の地に「迹(あと)を垂れた」、すなわち神は仏の変化身(へんげしん)の一つであるという本地垂迹(ほんじすいじゃく)説が生まれた。
11~12世紀には特定の神にそれぞれ定まった本地仏がある(八幡神の本地が阿弥陀(あみだ)であり、熊野速玉(はやたま)の神の本地は薬師(やくし)であるなど)とするようになる。